2025年問題(介護の現場から)
~外国人労働者の受け入れ拡大論議に思う~


 一般社団法人 国際介護人材育成事業団
 理事長 金澤剛
 2018年11月30日

 

 平成最後の年、来春4月には、ようやく我々の介護現場にミャンマーからの技能実習生第一陣着任が予定されている。
 その実現は今までがそうであったように、まだいくつかのハードルが待ち構えているのを予感している、だがしかし確実に実現に近づいていることも実感している。
 
 <はじめに>
 2025年問題を介護現場から想像してみると、なぜか希望の灯が消えかかって見えてくる。その第一の不安はやはり介護職員不足の問題である。
 我が国の少子高齢社会の課題の最高な沸点が訪れるのは2025年であることは今や常識となり、時の政府はその為の施策を、総力を挙げて実施している
 今般不足する働き手を海外から導入するとして入管難民法の改定が決定された。国会での議論を聞いていると現実的に日々の介護人材不足に悩まされ、その対策として外国人技能実習生の導入のため約2年間送り出し国に候補者達の選定などで出かけ準備している身から見ると、なんと陳腐な議論を重ねて居るのかと思えてならない。
 そのことを一言でいえば、議論の前提として日本が今回入管難民法の改定議論の際、想定した送り出し国などに声をかければ労働者、就中介護労働者等は無限に集まり、選択に困るほどであり、かつまたそのことは永遠に続く事を前提にしての議論であり、あるいはその現状を無視した議論であるとしてしか思えないのである。
 結論から言えば、その認識は思い上がりなのである。
 2025年は、現在の送り出し国となっているいくつかの国も高齢社会となり、いくつかの国は高齢化社会して介護人材の必要が生まれていることが予測されている。
 その結果、例えば中国などは他国にその人材を送り出すゆとりなどなくなっており、逆に不足し、現在の日本同様に他国の介護人材を必要としているかもしれないのである。
 2025年問題は決して我が国だけの問題ではなく、近隣諸国全体の問題でもある。
 この状況の中で、我々が今何を目指しているか等活動の報告を兼ねて多少記してみたい。
 
Ⅰ.我々の事業団が生まれた理由
 我々の事業団は今から2年半前の2016年6月に生まれた一般社団法人である。
 その設立趣旨は「互恵を基本とする国内外の介護人材の好循環システムを作る」としている。
 現況にあっては全国7カ所の社会福祉法人、1カ所の医療法人、1カ所の消費生活協同組合、他に数カ所の株式会社と生活協同組合連合会などの法人とそれを支える個人などで構成するささやかな集団であります。
 我々は以下の思いを共有している仲間たちが集い活動を開始した。
 その設立趣意書は、私たちは日頃から常に介護の現場に於いて介護を必要とする人たちと共に日々を過ごす中から生まれる課題に対処することを旨としています。
 その中で今最大の課題は介護人材の絶対的不足です。また未来予測として推計されている不足数を見ると絶望的な気持ちにもなります。
 介護人材不足は介護を必要とする人たちの増加のスピードを考えるとただ嘆いているわけにもいかず、また、その解決を時の政治に委ね座して見ているわけにもいかない課題であります。
 私たちはこの現状に際し、「介護人材の国際的交流」を展開することにより一歩でも解決に近づける努力を実践することに致しました。
 現在、介護人材不足の現状は特筆して日本の問題でありますが、遠からず国際問題となり、いずれの諸国においても課題として重くのしかかる問題であります。就中アジア諸国、特に東アジア、東南アジア諸国では今後10年の物差しで考えれば現実的課題です。
 昨年11月に介護技能実習生の日本受け入れの申請が始まりました。
 介護人材不足に喘いでいる私たちはこの政策に対し、藁をもつかむ思いで期待しつつ、一方で常に課題としている「介護の質の向上」も合わせて考えていきたいと考えております。
  現在、日本における絶対的介護人材不足の状況に関して、東アジア、東南アジア諸国においては「日本語と日本的介護の教育」を実施し、介護技能実習生を日本へ送り出しに備えている機関が多々あると聞きます。今、私たちが課題とし、あえて本社団法人を設立した最大の目的は、諸外国の介護職員ならびにその就労希望者に「日本的介護」とよばれている介護論、介護技術、介護方式、資格制度を含む介護制度等を体系的に整理し、それをもって確実に伝えることであり、その方法を模索し、実践を通して確立することです。
  なぜならば、介護保険法が成立した1997年前後においては、介護やその関連の仕事は若い人々に「やりがいのある仕事」だと人気職種の一つでした。しかし、その状況は長続きせず現在は再び「3Kしごと」としてのイメージが定着し、若い人たちから見放され、それが深刻な介護職不足をきたす原因の一つになっています。
 私たちはこの現状を含めて「日本的介護」と呼ぶことにしています。
 さもなければ、不足する労働力を仮に海外から求めたところで本質は何も変わらず、逆に課題、原因を不明確にするからです。 しかし、そうした状況にあっても心ある介護現場では魅力ある介護現場づくり、魅力ある介護方式あるいは介護論構築等の作業に懸命に取り組んでいます。そうした作業を通し、より良い「日本的介護」の確立を目指しています。
  それを伝習する場の提供として今実施されようとしている技能実習生制度の介護現場への拡大の流れに対し準備をしていきたいものです。
  なぜならば、我が国は「介護先進国」だからです。戦後の日本社会が作りだした高度経済成長社会は一方で少子超高齢化社会を世界一の速度で作りあげました。それは皮肉なことに家族労働としての介護から職業としての介護を産業として生みだし、「介護先進国=日本」をつくり出したのでした。
  また、東アジア、東南アジア諸国の急速な経済成長は早晩、日本と同様の社会制度を創りあげ、介護専門職が必要な社会となり、介護そのものも家族介護から社会全体で担う介護となるのは確実です。その意味で日本は「介護先進国」として、東アジア、東南アジア諸国との積極的な国際交流を展開し、共に学び合いつつ新しい介護のアジアモデルの構築ができればと考えています。そこでの日本の役割は非常に大きくまた責任も重大だと考えます
 そのうえで、このような問題意識あるいは状況認識にたち全国の介護現場から発する課題、そしてその解決を目的とした集団を創りあげることにしました。その課題は遠からず国際的課題となり、またその解決方法は必然的に国の枠を超えた手法を必要とする事が明確なため、私たちは「一般社団法人国際人材育成事業団」を設立致しました。
 我々は日々介護人材不足に悩んでいるのは事実でありますが、それを海外の安い労働力で賄い解決するなどのことでは本末転倒で問題の解決策ではないとの確信から出発しました。
 
Ⅱ.活動報告
そして見えてきたこと
 日々介護職の不足に悩む我々がその充足のためにと思い活動を開始した
 まずは調査
 それは一般的な技能実習生の送り出し国として設定されているアジア諸国、就中東南アジア諸国、あるいは中国などの東アジアの国々を介護の現実的必要度の観点から、社会的成熟度ともいうべき物差しで見て、今にも社会的介護を必要としている国、中国、台湾、韓国等。また一方に介護を必要とするにまだ時間的ゆとりがあるが必ずその必要な社会が到来することが予定されている国、タイ、ベトナム、ミヤンマー、インドネシア、フィリピンなどの国と2分した。
 その分類された国の代表として中国とベトナム、ミャンマー等を設定してその国の視察を兼ね調査団を派遣した。
 その結果、先の分類した国から中国とミャンマーを代表国とし選定し、それぞれの国の送り出し機関の協力のもと、事業団参加の介護施設にそれぞれ約2名ずつの介護職を配置するとして約40名の実習生候補者を選定し、現地面接の上内定者と決定し、送り出し国の送り出し機関にて日本語の教育などを依頼し我々の介護現場への着任を待つことにした。
 この間約2年強、我々は色々なことを学んだ。
 我々がその内定者を決めて介護技能実習生の日本入国を待ったのは日本政府による許可基準が通知される以前であった、なぜならば、現場の介護職不足が急を告げており、かつ政府による介護職技能実習生受け入れも間近であると聞いたからであった。
 だがしかしその基準を公布していざ申請受付を開始したのは、我々が内定者を決定してから約1年後の一昨年11月のことであった。
 その結果約1年前から送り出し機関の寄宿舎にての合宿生活で日本語付けの生活をおくった実習生候補者達は、中国にあっては実習生として必須である日本語の能力基準でいうN4の試験に皆合格しそれにもまして政府が発表した着任して1年後に必須としたN3の能力を獲得するに至ったのであった.
 またミャンマーにあっては遅れる事半年の現在に至ってほぼ全員がN3の能力を獲得したのであった。
 だがしかし、現状は
 中国にあっては候補者全員が定かではないが想像するに他の職種に変更するなどして日本に介護職として着任する実習生候補者は皆無となったのである。
 一方ミャンマーは今のところ変更がなく着任に向けさらなる日本語能力の獲得のためN2に向け努力中である。
 このことは我々に国の発展(この場合は農村型地域社会から都市型社会の変化、あるいは地域社会の成熟度)における介護の位置、あるいは我々が言う介護の意味を考えさせられることとなる。
 それにつけても日本政府介護に関われ固有要件の発表が遅きに逸したのである。
 漢字圏でないミャンマーは確かに中国と比べその能力を獲得するには時間がかかる。
 また産業の現代化は中国などに比べかなり遅れている。
 国民所得の上位の職種として外国からの出稼ぎによる収入が位置しているのも確かであり、日本などからは「最後のフロンティア」など呼ばれその労働力に期待を寄せられているのも確かである。
 そのことは皮肉なことに例えば日本などがなくした農村型共同性が未だ生きている社会で伝統的家族共同性も生きており介護も家族の家事として機能している社会でもある。
 そのような国の若者たちであるがゆえに我々は介護の原点である他人にやさしい心を自然に持っている人たちだと思い何とか彼らを我々の現場に迎い入れたいと思ったのであった。
 この様な国の若者であるがためか、中国のように他の選択ができず、ただ日本に技能実習生として出稼ぎに行く日のため努力をしているのである。
 この様に海外からの実習生を迎えるための手段として先に2分類して実行した結果は先に記したところである。
 さてこのことは2025年問題と語られる日本の介護労働者不足対策、そしてその穴埋めとして海外の「送りだし国」からの充足に期待し入管難民法の改定を決定した我が国の政策が今から7年後には陳腐化する可能性があると我々が考える根拠となっていることの実例でもある。
 
Ⅲ.各送り出し国も介護を必要とする
 第1類の現状でも介護を必要とする国、中国にあっては、改革開放経済政策の推進により世界を震撼とさせるほどの発展を遂げ、沿岸地域を中心とした巨大都市化の波は農村地域からの農民の流失を激流とさせ、結果的に中国の地域社会の変化に加速度を付けたのである。
 またそれにもまし中国の「一人っ子政策」の推進は完全に高齢化社会の到来を激化させた。 
 例えば、2010年の国連の人口推計によれば高齢化率がその年が8.2%であったものが2025年には14%約1億人から2億人へと1億人も増加するのである、その数は日本の国民の数に匹敵するほどである。
 何せ総人口14億人を超える世界一の人口を誇る国なのである。
 それに伴う産業構造の変化は日本がそうであったように、地域社会の構造変化をもたらし、それまでの農村型地域社会から都市型への変化し、そこには当然家族形態の変化をきたし、高齢者介護も家族労働から社会全体の行為として実施せざるを得ない社会変化をもたらすのである。家庭介護力の崩壊なのである。
 また中国の現代社会化への進行と産業の発展は、もはや出稼ぎとして日本に行くより国内には同程度の収入あるいは多少少なくなくなるがそれにもまし魅力のある仕事場が多々出来つつあるのである。
 一方で日本がそうであったように介護の社会化の必要が現実化しつつあるのである、いやそれ以上に迫ってきているのである。
 介護力の強化は国策としても最重要課題と化しているのである。
 
 もう一方の分類圏である介護が必要となるにはまだ時間がある国、ミャンマーにおいては。
 人口は2016年で約5千万人程度であり65歳以上の高齢者は約6%強の350万人ぐらいであると推計される。
 また都市人口と農村部の人口比較である都市化率は2020年で農村部63.1%都市部では36.9%日本の経済産業省のデータでは示されている。都市化率が50%を超えるのは2045年と推計されている。
 また国民総生産に占める農業の割合は38.2%(2011年)であり日本の1.1%に比較すると圧倒的に農業国である。
 確かに高齢社会に到達するにはまだ時間があるが、介護の社会化は近々予想されることである。
 その第一の理由は国の近代化の進行のことである。
 確かに2011年に軍政から民政に移管をしたミヤンマーは積極的に外国資本を導入するなどして産業育成を図っているが未だ道半ばである。
 言わば産業立国としてはその準備段階の海外依存の製造業の国であり、海外にて出稼ぎの労働者提供国であるが、一方で自国主導の産業育成を進めようとしている国でもある。
 だがしかし、現状は国内に産業がいまだ未発達であるためその持つ労働力を海外の労働現場の出稼ぎで維持している。その数は約300万人を超えGDPに占める海外からの送金は5%を超え主なる産業とさえいえるほどである。
 このことは農村にとっては若い労働力の流出であり、結果的には農村社会の維持に困難をきたしつつあるのが進行中なのである。
 だがしかし、未だ介護などが家族の家事行為で処理できているが、一方で社会的な力を必要とし始めている社会変化をきたし始めていることの原因ともなっている.言葉を換えれば家庭介護力の衰退過程にあり社会的介護の確立過程ともいえる。
 何れの対象国にしても2025年には今までの家事行為としての介護が社会全体の行為として処理をせざるを得ない時代変化が到来していることを示しているのである。
 社会がする介護、あるいは他人がする介護、あるいは職業としての介護人の発生、あるいは科学としての介護の確立が必要となる社会の到来なのである。
 だがしかしその必要度には当然濃淡がありその色の濃さが先に示した我々の実習生の現状を生んだ原因なのであろう。
 2025年には現在送り出し国となっているそれぞれの国にとっても介護人材が不足し、それでなくとも現在でも海外からの労働力の争奪戦に負けつつある我が国には笛吹けど集まらずとの現実が予想される。
 この未来予想図を考えることなく、日本の労働市場を開放さえすれば送り出し国から働き手が流れ込んでくるなど能天気なことを前提にした今回の入管法改定の議論である。
 このことが我々の2025年問題である。
 また実習生の募集活動で送り出し国の実情を見てきた我々の実感でもある。
 
Ⅳ.技能実習制度が抱える問題
 技能実習制度は現実には建前と本音の違いが明確のまま運営されている。
 1993年に開始された技能実習制度はその目的に「日本の技術、技能、知識を発展途上地域の経済発展を担う人づくりに寄与する。あくまでも技能実習は労働力の調整として行われてはならない」(外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法第1章第3条第2項)但し要約
 としているが、これだけ法の趣旨と現実が違っている法律も珍しい。
 現実は雇う側も雇われる側も「労働力の調整であるし、出稼ぎなのである」
 この建前と現実の違いが実習生と実習先である雇う側に様々な齟齬を生じさせ、時として社会問題としてマスコミを騒がす主因なのかもしれない。
 雇う側は、働き手不足で明日の経営にも支障をきたし、この実習生制度に藁をもすがる思いで飛びつき、労働力を確保して急場をしのんでいる企業の経営者たちの群れ。
 また果樹や蔬(そ)菜等栽培する労働集約的農業などはこの実習生の労働力なくして成り立たない地域が今や多数日本国内では存在しているほどである。
 いずれにしてもこの研修現場と呼ばれる生産現場にとっては貴重な労働力なのである。
 また実習生側も、送り出し国である母国にあって適当な働き場所がなく、あるのは海外の出稼ぎの仕事なのである。
 その陳腐さは現在でも続き、問題の原因をたがえて議論されている。
 例えば、現在審議され決定された入管難民法改定の改定審議の中にも見ることができた。
 技能実習生制度の課題として失踪実習生の数とその理由につき議論された。
 その数は昨年17年には7,089人となり今年も1月~6月だけでも4,279人に達しているほどであり、その理由は「より高い賃金を求めて」あるいは「低賃金」であるためなどが主なる理由である、とされた。
 だが、確かに技能実習生の就労条件に定まった業種、働き場所での就労が義務付けられており、転職あるいは職場の変更は原則禁止で、それに違反すると入管難民法違反で在留許可をはく奪され帰国となるのである。
 だがしかし、失踪の理由にも明らかなように「低賃金」であり「過剰な労働時間」であり「残業代の未払い」等労働条件に関わることが大半である、このことからも雇う側も雇われる側も労働契約として技能実習生制度をみていることは確かであり、あくまで法の建前はお題目にすぎないのが現実なのである。
 
Ⅴ.新しい流れも始まった
 新しく決定された入管難民法の改定は立案者の説明はともかくとして、この技能実習生制度の矛盾を解決する制度として位置づけることができる、それは目的に、不足する労働力を海外からの導入を目的としたことにある
 その現実的運用はともかくとして、そのお題目通りに解釈すれば、それにより技能実習生制度は研修による技術移転、方や就労と目的の明確な区分が生まれるのである、別の言い方によると技能実習生は原則帰国、特定技能制度は就労で可能であれば永住、との区分も可能となるはずなのである。
 このことを我々の設立理念、並びに設立趣旨に寄せると当然技能実習制度こそ我々の趣旨にかなうのである。
 アジア諸国でいち早く少子高齢化を迎えた日本は介護を家事行為から社会全体の行為として位置づけなければならない社会的成熟を生み、そこから介護概念を生み出したのである、その意味で介護先進国となったのである、アジア諸国にとっての先例となるのである、介護は努めてその国状、あるいは地域性に規定されるためそのまま形を移転することは不可能であるが、考え方、理念などは共通性が生まれていくであろう。
 したがってそれを伝習するのはあくまで人間であり、人なのである。
 そうであるがために技能実習生制度の目的は本来介護の伝習に合致しているはずなのである。
 
Ⅵ.送り出し国から技能実習制度を位置づけ始めた
 国会で低賃金、労基法違反の就労状況等技能実習生の問題を議論され、また失踪等問題視されているが,送り出し国では皮肉なことに技能実習生制度の原則的運用が模索され始めた。
 それは賃金の問題と、研修内容の問題からの送り出し国の要求から始まっていることなのである。
 昨年11月に介護の固有条件を含む外国人技能実習生制度の改定法が施行され介護の技能実習生の申請受付が開始された、それを受けて送り出し国であるベトナム、ミヤンマー、インドネシアなどはそれぞれに送り出し国側からも固有要件を定められた。
 その内容に共通しているのは日本人並みの賃金の保証である。あるいは身分の保証である。
 これまで受け入れ国の日本の基準では日本人と同等、あるいはそれ以上の賃金の保証が規定されていたが、今回は送り出し国側からの基準設定であり、それを守らなければ出国させないとの規定である。
 このことはもはや送り出し国が国を選ぶ時代の到来を告げていることなのである。
 また一方、明日にも多量の介護人材を必要としている中国では、多量の介護施設開設の需要が生まれそれにこたえるべきビジネスが急激に生まれつつある。
 そこには当然不足する介護人材の供給が必要となっているのである。
 介護ビジネスを目指すベンチャー起業家たちは日本の介護技能実習制度を利用して中国に開設する介護施設のスタッフ教育を目指し始めている。
 彼らにとって日本への実習は出稼ぎではなく、明確な技能実習なのである、これこそ技能実習制度の送り出し国からの忠実な位置づけと運用なのである。
 皮肉なことに送り出し国側がまっとうな位置づけを開始し始めたのである。
 さてそれを受け受け入れ国としての我々であるが、
 安い労働力としての技能実習生を位置付ける時代は終わった、また単に不足する労働力の穴埋めとして外国人技能実習生を迎い入れる時代も終った。
 働くことが教育となり研修となるOJTプログラムの本格的運用が必要となっているのである。
 その運用の実施が本格的に問われ始めたのである。
 それこそ我々の介護現場のスタッフ不足問題を外国人材で解決の一助にするには介護の教育が真剣に必要となってきたのである。介護護教育を、労働をとうして実施することが求められているのである。
 翻って言えば介護を人に伝え伝習させる必要となってきているのである、その為伝えるべき介護の整理が必要となってきているのである、それをとうして介護のスタンダードの確立、ひいてはグローバルスタンダードが出来れば幸いである。
 この様な時代的要求にこたえる事こそ介護先進国としての我々の義務なのではないか、
 これにこたえるのが我々の2025年問題のような気がする。

以上