「離島病院に外国人看護助手」との新聞記事を見て
~介護技能実習生問題にかかわる課題~

 

2018年3月5日
一般社団法人国際介護人材育成事業団
理事長 金澤 剛

 

Ⅰ はじめに

 

 技能実習生の受け入れ問題がいよいよ現実となり、その受け入れのみならず、その前の申請につき頭を悩ませている、昨今である。
それと同時にこの問題が現実になればなるほど、当初から抱えていた課題が問題として浮き彫りになりつつある。
それは、いわば本音と建前とでも言えることである。

介護現場の人手不足を補うための技能実習生の受け入なのか、あるいは、介護先進国としての培った介護の伝習のための現場実習なのか」である。

「人手不足の日本、高賃金を得るための出稼ぎ」。

 

この一見すると矛盾のない事柄が、現実の介護現場では、この導入の意味の不明確さが理由で、現実になればなるほど混乱が生じるかもしれない。

 

それは受け入れ介護現場は当然のことであるが、送り出し機関、受け入れ管理団体、それにもまして実習生本人がそうである。

 

それは、国はあくまでも技能実習が目的でありそれを通して送り出し国の発展の為、人材育成が目的であるとしている、だがしかし、これに関係する諸機関などは本音として出稼ぎ制度として認識し機能させているのが現実であり、今回実習生に「介護」を参入させることで初めて、それまでの建前を現実の制度として要求されるに至ったのである。

 

それにもまし、国は介護先進国としての国際的義務として、やがて訪れる要介護必要国に対するノウハウの提供の必要性としての位置づけか、かつ、あわよくば、ビジネスとして培った介護に関するノウハウ、あるいは技術、などを商品として売りこむチャンスとしてそのことをとらえ国策化など企画している。

 

そのことが今回の実習生制度の中に介護を含むことになった一面でもある。

 

だが一方の実習生を受け入れる介護現場にあっては、日に日に、あるいは年々スタッフ不足の現実が押し寄せてきて、その充足が最大の施設運営の課題となっているほどのことである。

 

一言でいえば、人手不足なのである。その現実はことの意味はとにかく、スタッフが集まれば結果良いほどである。

 

 

2 現場のとらえ方

 


「離島病院に外国人看護助手」が掲載された。
2月28日の長崎新聞の一面に掲載された記事。


 それによると、五島列島を中心にした長崎県の離島にあって、その医療を担っている「県病院企業団」が深刻な人手不足対策として、国の「外国人技能実習制度」を利用して今年末にもミャンマーから2~4人の実習生を迎い入れ看護助手として上五島病院に試行的に配置するとしている。
現実はこうなのである。
 制度上日本で培った技能の移転のために送り出し国からの若者を迎い入れ、言わばOJTにて仕事を伝授し母国に持ち帰ってもらい、母国の発展に資してもらうとのことであるが。
迎いれる側はそのような位置づけ等みじんもなく、ただ看護婦の資格を持たず、入院患者の世話や介助、院内の雑用などにあたってもらう人材と位置付けている。
 さてこのどこに「移転すべき日本の技術」があるのかは不明である
 また責任者の米倉正大企業長は「悪化している看護師の労働環境の改善と、医療の質維持のため早急対策が必要。日本の現場に対応できるか見極めたうえで外国人の受け入れを拡大したい」としている
なんと、おおらかなことである、人手不足対策としてこの実習生が役立つか否かのみの視点である、そこには技能の移転など一切の問題意識さえないのである。
 これが、この問題にかかわる現場の一般的なとらえ方でもある。
 いくら政府が国際的批判を受けて制度改革の法改正をしたところ、現場にあってはやはり、人手不足対策と、送り出し国の「出稼ぎ」感覚の関係から脱することがないのが現実である。

3 今必要なことは
 さてこの長崎県の離島医療を支える企画は、遠からずして破綻することが見えている、または企画倒れが予感される。
 その理由こそ現在の課題であり、また、その課題を解決することこそ課題であるといえる。
 それを考えてみよう。

課題  介護の技能実習生が集まるか。

 

 政府は昨年11月に介護にかかわる技能実習制度の要件を公布した。
 その中で介護の固有要件として日本語能力N4を要求した、そして入国後1年目にはN3程度の日本語能力を要求した。
 この能力とは、日本語能力N4は「基本的な日本語を理解すること」とされ。N3は「日常的な場面で使われる日本語をある程度理解できる。」とされている
 さてこれを習得する現場の現実は、例えば、我々は一昨年から現実的に用意、準備、を重ねて来た。それは、そのターゲットを漢字圏であり今にも介護が必要な中国と、漢字圏でなくそのうち介護が必要となるミャンマーに設定し、実習生の育成を開始した。
 ミャンマーにあっては、日本に介護実習生として送ることを目的にミャンマーの日本語学校に教室を開講し、実習生候補者は日本語学習のため昨年6月より、その学校の寄宿舎にて合宿生活をおくりながら、日本語漬けの生活をおくってもらい、今年2月の日本語試験でようやくや全員である20人ほどの生徒が合格した。
 このようにかなりの難関であるのです。ちなみに3月現在ではまだN3の合格者は出ていない。
 しかもこの生徒たちは、大学卒、あるいは高校卒後の専門学校で看護を学んだ学生たちで、ある程度の基礎学力を持った生徒たちなのである。
 この様な人たちが技能実習生の候補者たちなのだ、
 この現実を知ることなく、ただ日本の人手不足の穴埋めとしてこの人たちを採用してどうにかしようなど考えているのは、なんと能天気なことである。
 確かに国力の差、あるいはGDPの差により所得差の違い歴然であるが、その為出稼ぎ、人手不足の穴埋めとの関係は今も生きているが、だがしかし、今回の介護技能実習生の要件に日本語能力を入れたことで、一変している。
 これは今までの技能実習生制度になかった要件としての新設である。
それが原因であるが。
その結果、今までとは違い、日本に介護実習生として出稼ぎに行くのも大変な努力を必要とすることになったのである。
 簡単に言えば日本語能力を習得するには金と努力と能力が必要となったのである。
その意味することは、現在のところ、日本語能力がある程度持っている人は、当然希少価値であって、その人は仮に日本の介護技能実習生候補者として日本語を学んで習得すれば、引く手あまたな人材である、その結果、日本の進出企業、あるいはほかの職種としての世界が広がるのである。
 その結果、何も日本にいかずとも、例えば日本の進出企業の現地事務所。あるいは日本に行く場合でも、何も3K業種と言はれる介護業種でなくともほかに仕事場がある、選択の幅がふえるのである。
これが現実。
 まして、特に近代化のスピードが速く高度な現代産業の確立しつつある中国では日本語をある程度使える人材は介護世界の魅力より余る世界が多々用意されているのである
先に記した中国にあっては、我々は当初、中国を同じように送り出し国と位置付け、中国の送り出し機関、並びの日本語学校と協力しながらミャンマーと同数の実習生候補者を育てたのであったが、日本語能力が高まれば高まるほど、介護実習生として来日する学生が皆無に近くなっているのが現実である。その理由は前述したことであろう。
 このことは、遠からずしてベトナム、ミャンマーなども同様な世界が来ることであろう。
 これは「残されたフロンテア」など安い人件費の物差しで途上国を見ることの危うさの現実であろう。
 このことからして、「長崎の離島医療の危機を救うためにミャンマーなど出身の技能実習生の導入」との企画があまりうまくいかなであろう、との判断に行きつく理由である。
 だがしかし、現実の人手不足は確かに、看護師、看護助手,介護士などが介護現場、医療現場にてのひっ迫している状態は、その機能を麻痺あるいは停止させるほどである。
 その為確かに外国の技能実習生の力で何とかしたいとの企画は一見合理的でWIN-WIN関係のようである、だがしかし、今となれば先に記した現実が待っているのだ

4 さてどうするか

 

 政府は3~4年前から今後の戦略として「アジア健康構想」と称する構想を提議し、それを政策化することを決め、その推進を図っている。

それは政府の説明によれば、以下のようである。

「アジア諸国は確かに急速に高齢化が進む。 しかし、高齢化社会に対応する社会制度・産業等がほとんど存在せず。 ... ③ 提言を踏まえ、健康・医療戦略推進本部において「アジア健康構想に向けた基本方針」を決定(平成27年7月29日)。 ④ 今秋以降、官民連携で「アジア健康構想協議会(仮)」を設け、介護事業者等の海外事業の安定、拡大等 を支援。」

としてまた目的としては
日本は 高齢化に関わる社会制度、産業で先行、しかし国内では人材不足と保険財政の制約から介護事業者等の収益向上が困難。
その為目標として
日本の事業者等の海外進出などの支援を通じアジア地域に介護産業等を興すとともに、高齢社会に対応する社会制度の構築について支援協力を行う。
その際意欲ある人材が先行する日本での教育、就労の後アジア地域の介護産業等で就労する等、人材の国際的循環を目指すとともに結果として日本の介護人材の充実を図る。
としている。

 そうなのである、今は例えば医療現場、あるいは介護現場における人手不足を単純に海外からの安い労働力で担うとの発想が生きている時代は終わったのである、特に介護、医療世界においては。
それよりもむしろ、我が国は、世界に先駆けて高齢社会を迎えた結果その対応策も世界に先駆け、世界に誇るべき技術あるいは制度構築のノウハウなどを生んだのである。
 今我々はその力をもって例えば長崎の離島などに到来している危機に立ち向かうべきなのである。
 だが現実はなかなかこのような変化が世界で起きていること、就中アジア諸国での変化は、中国を筆頭に着々と進んでいることを知るべきである。

 技能実習制度における、介護の技能実習生の申請受付が昨年11月に開始した、国からの細目が発表されるのが遅くなったせいでもあるが、その後今年の2月段階で全国27件の申請にとどまっている、確かに、現況の介護現場の人手不足の状態からして今後申請は殺到することが考えられるが、結果として人材不足にとっては焼け石に水の効果が考えられる。

5 先進事例

 

 我々はこのような事例を知っている。
昨年の8月のお盆のころ、ベトナムホーチミンにある、ベトナム国防軍175病院の敷地内に「さくら介護研修センター」が開設されたのである。
 175病院はベトナム南部の中心病院の一つであり、そのリニューアル計画で1500床の近代病院へと様変わり中であり、その中の一つとして高齢者対策として、今後何年かの後到来する高齢社会のために、今から日本でいう介護の準備をしておく、その為にはまずスタッフつくりから、とのコンセプトにより開設した施設である。
 それを計画準備する過程で病院の院長をはじめ中心スタッフが日本の介護施設、医療施設など視察しイメージを固め、そのうえで日本にて介護施設などを運営している集団にコンサルテーションを依頼。
またスタッフを日本の病院、介護施設などに研修させ、その後共同でオープンに至っているのである。
 その両者の合言葉は「介護が進んでいる日本側は、知恵を出すが運営と資金はあくまでベトナム側」
との関係で成り立っているのである、
 それはあくまで介護先進国としての役割として、今後到来するであろう介護の必要に対しまずスタッフの教育を目的とした研修として日本の介護現場に派遣、それも日本においては介護の現場においてスタッフとして働きながらそのノウハウを取得。
 同時に送り出し国の母国においては今後のための施設を実験的に運営、このような仕組みをつくりに日本の関係者が協力。
 この関係の旅立ちとしての開設であった。
 私たちはこのような仕組みの中に、今日本における人手不足の解消の糸口を見出していきたいと思っている。
 先に記した長崎県の離島の例でいえば、何も看護助手と採用したとしても問題なのは彼ら、彼、彼女たちに日本の何を教育し母国の医療、あるいは介護の確立のための人材に育て上げるかの視点の問題なのである。
 その視点に基づき彼らを処遇し教育するならば彼、彼女たちも日本に来る意味が明確になるし、未来に希望が得ることがあるのである。
 また彼、彼女たちは十分にその能力と教育を受けた若者たちなのである。
 逆に先程来記してきたように、このような意味を明確にしない限りある程度時間と努力と金をかけ日本語を習得した彼、彼女たちは、わざわざ日本の西の果ての離島の看護助手として来日することはないのであろう。
 たとえ、1,2回来たとしても決して長く続くことはないのであろう。
 先に人手不足の業種の労働力として、そして賃金格差を利用しての出稼ぎとして、この技能実習制度が成り立っていて、それはお互いにWIN-WINの関係であると記したところであるが、今やその幸福な関係は、少なくとも介護や看護などの現場においては我が国が持つ技術の習得とそれを学ぶことができる職場でしか機能せず、単に安い労働力の導入との位置づけでは機能しなくなったのである。
 しかし見方を変えれば、仮に先の長崎の離島の病院に介護技能実習生の導入を考えた場合、送り出し国(この場合ミャンマー)そして実習実施機関にとっても最善の関係を生み出す条件が整っているといえるのである。

 

「175病院さくら介護研修センター」の現状

 

 先に記したベトナム、ホーチミン「175病院さくら介護研修センター」の例であるが。我々は先月の2月にオープン後センターがどう使われているか見る機会があった。
 それは想像以上に非常に活発に使用され、かなり病院にとっても有用な施設として使用されているようで安心したところであった。
 このことは、開設にあたって日本のコンサルトとベトナム側の関係が、先に記してきたように「日本側は、開設のお手伝いはするが、運営はベトナム側、との関係」との立ち位置が想定のように機能していることの確認でもあった。
 また、それは確かに活発に施設は使用されているが、それは日本でいう介護より看護の研修センターに近い使用のされ方であった。
 例えば、それまであった病院内の看護の研修用品などこの施設に集約されたり、また看護スタッフの院内教育のためや地域の看護教育施設として盛んに利用されているのである。
 だがしかしよく考えると、それはごく当たり前のことでもある
 病院はホーチミンの中心地区に広大な敷地の中に立地されているが、病院敷地に入ると人の多さに驚くほどである、あたかも病院村に入ったかのようである。
 それは入院患者に家族などがかならず付き添い、患者とともに生活するのからであるようだ。
 確かに治療レベルの高度化は国際基準に達し、例えばICUなどの設備あるいは治療の高度化は誇るべき水準と言はれているが、看護の状態は、いわば日本において3基準が必要と言はれた時代、すなわち、入院施設にあっては基準看護、基準給食、基準寝具、などの整備が必要でその基準を作り、それを国策として推進しなければならない状況であった社会状況と同じような段階であるためであろう。
 過半の入院患者の食事は家族が作ったり、出前で賄っているような世界であり、言葉を換えれば、患者にとって
 入院はかつての日本そうであったように「小さな引っ越しなのである」。
 この様な現状に日本の介護を今持ち込んでも陳腐さだけが目立つのである。
 そうであるがために、今に必要なのは「日本的介護」「の導入よりも看護の力を強めることが先決でありかつ必要なことなのである。
 また看護と介護の境目などまだ必要なく看護で全体がくくれる段階なのである。
 その証明が現況の「さくら介護研修センター」なのである。
 ベトナムの入院はかつての日本がそうであったような家族の付き添いが当たり前であり、またベトナムの家族状況もそれが可能なのである、この社会に介護の必要度より看護力の必要度が先行しているのでこれはベトナムでの出来事であるが、ミャンマーも推して知るべきある。

6 終わりに

 またミャンマーにあって我々が選んだ介護技能実習生候補者の半数は看護専門学校の卒業生である、専門学校といえども半年あるいは1年でのごく短時間の学習機関であるようだが、その卒業生の過半は地方の日本でいえば保健師のような役割の育成機関として役立たしている
 そのような人材であり学校である。
 ここから五島などの離島の実習との共通点など想像ができる。
 この様なことが現実的に可能か、不可能化の問題ではない。
 確かに同じような仕事の中で、その必要な知識技能を教育し育て挙げれば、それはかならず送り出し国にとって必要なことであり、またそうであれば実習生も、役割が明確になり日本における実習に夢を抱くこととなるであろう。
 離島が有利、あるいは適しているのは、それは例えば、家族関係の崩壊や地域社会の崩壊が都会のそれよりも進んでおらず、まだ残っていたり、地域の人間関係など今のところミャンマーの社会状況に限りなく似た状態といえなくもなく、それがため意識すれば母国に即した介護実習が可能であり、またまだ介護と看護の境目など必要としない現在の母国の社会にあって看護教育は、現実的なことでもある。
 その結果は送り出し国の今後に必ず役立つ人材として育成することができる環境にあるためでもある。
 しかも彼女たちは母国との賃金格差を利用し、ある程度の貯金も可能であり、かつ離島にとっては不足する労働力となることなのである。
 看護教育として、この問題をとらえなおすことで先に記してきた結論が逆になると思う。

 この様に介護の技能実習制度は先進国としての技能の移転のためなのか、はたまた送り出し国にとっての出稼ぎ先なのか、の設問に対して、離島の看護師、介護士、看護助手などの不足対策としても、介護教育の視点でシステムを組み替えそれを徹底することで、全く違った結論になるはずだ。
 それは実習生を必要としたときに、こちら側の労働力としての処遇などを考えるとともに相手国、あるいは送り出し国の国情と実習生たちの置かれた立場などを条件の中に入れ、少し考え、あるいは想像すれば、より実習が生きてくるのである。
 との教えでもあろう。
 それは今のところ必ず教育的視点が必須になることであろう、何せ移転すべき技術、あるいは技能がある職場であるはずであるから。

 この様に「離島病院に外国人看護助手を」との新聞記事を読み、今介護の技能実習生問題が抱えている課題の整理なしに人手不足の医療現場の問題が解決することはないとの日頃の我々の考えをあらためて記してみた。
 このことは何も日本の西の果ての病院の問題だけではない。
 それは今、あるいは今後の途上国と日本の医療、あるいは介護の実質的、友好的な関係、はたまた、技能実習制度そのものを、生きたものとして生かせるに、必要な絶対条件であるはずである。

以上